イギリス映画の一場面。若年性認知症の症状が始まっている男性が、長年連れ添う同性パートナーから、「どうして自分で荷造りしたんだ?忘れ物があっても取りに帰らないからね」と言われ、質問には答えずにこう話します。「聞こえるか?ほら、私が君を無視する音だよ」
洋画に限らず、映画の中にユーモアを見つけるたび、「これだよ!」と光って見えます。私たちが若者たちと話す中で、努めて紛れ込ませようとするもの―――でもなかなかうまくいかないもの―――がユーモアです。相手の真剣な言葉を受け止めつつ、ちょっと交わしてできればクスっと笑わせる。こんな返しができたら!
なぜそう思うのか。それは、彼らの話には「学校に行けないのなら働かなくちゃいけない」「自分は何もできない」「親は自分に対してもっと気を遣うべきだ」などと、断定したり、借り物の理想を固定化したりしてしまっている言葉がとても多いから。ひとりひとり、その理由や背景はあるのですが、とても視野が狭くなっていると感じます。
ユーモアの効果を私なりに考えてみると、彼らが築くバリアに少し風穴を開けること、でしょうか。「こう考えてみるとちょっと笑えるよね」と。彼らのストーリー(〇〇だから△△だ)に、少し変化を加えること(〇〇だけど、△△ということもあったから××と言えなくもない)は、なかなか大きな目標です。
母や父の立場で相談に来られる方からは、「そんな余裕はありません!」「そんな笑える状況じゃないんです!」と言われそうです。一方で、そんな”真剣勝負”な環境が、若者たちを縮こまらせてしまっているように見えるときがあります。
ちなみに冒頭紹介した映画は「スーパーノヴァ」。若者はほとんど一人も出てきませんので悪しからず。